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こまつ模型

趣味で模型を製作しているこまつのブログです。フィギュア、プラモ製作日記などを掲載しています。

1/35 III号戦車 N型 ヴィンターケッテ仕様【タミヤ】

ドイツ国防軍が訓練用のI号戦車を造ったのち、きたるべき戦車戦術を考慮した主力戦車とすべく製造した中戦車である。

訓練用の戦車による演習やスペイン内戦(1936年7月 - 1939年3月)での実戦によってもたらされた戦訓により、現代戦車の基礎を形作るさまざまな新基軸と先進的な技術が投入された。新しい技術を採用して設計されたIII号が主力を務め、既に確立された技術のみで設計されたIV号戦車がIII号などの主力の支援を務めるという運用構想であった。1934年、陸軍はこの構想に基づいて戦車を開発することができる会社に重量15トン程度で設計にいくつかの条件を示した戦車を発注した。

15トン程度というのは当時の欧州における輸送の限界を考慮したものであり、陸軍としては20トン未満の中戦車を目指して設計されたが、最終的には20トンを超え、20トン前半の中戦車として完成した。20トン級の中戦車のなかではバランスのとれた戦車であり、製造当時の主力戦車としてはトップクラスであった。ところが、敵戦車として30トン級の中戦車(アメリカのM4中戦車ソビエトT-34)が登場し、対峙することになると火力不足に悩まされた。また、全ての期間において防御力に不安を抱える場面が多かった。 実際、重装甲の重戦車に対しては、当戦車に設定されていた攻撃力を上回るほどの防御力であったため歯が立たず、中戦車も対峙する戦車によっては、苦戦を強いられることとなった。それでも、本車が不利な状況下での戦闘を行えたのは、連携と指揮と戦術を下支えするさまざまな装備、配置の功績が大きい。

大戦中期には主力戦車の任務を果たせなくなり、改良も限界に達して生産は終了した。30トン級中戦車であるソ連赤軍T-34や合衆国のM4と比較して、開発の期間が数年早かったが、大戦中の戦訓を反映できる余地がなかったことや75mm砲(特に長砲身型)の搭載まで考慮しなかったため、そのアドバンテージも早い段階で覆されてしまい、主力戦車として運用できた期間は短かった。

(2016年10月09日 (日) 19:00 UTCの版)『ウィキペディア日本語版』 URL: http://ja.wikipedia.org

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ヴィンターケッテ(冬季仕様履帯)が無性に作りたくなってしまい、2015年静岡ホビーショー展示用に作成しました。

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ヴィンターケッテなので冬ジオラマ、さらに橋と川もつけました。

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ヴィンターケッテ履帯はフリウルの金属ものを使っています。

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雪は雪職人とタミヤの情景塗料 雪 を使いました。

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III号戦車の後ろには雑多に荷物を置いた感じにしてみました。

詳細は

完成品ギャラリー

へどうぞ。